当時の映像 |
この付近は江戸期から交通の要衝であったが、そこへ甲武鉄道・中央線が延伸され、1912(明治45)年、万世橋駅が開業した。 震災で焼失した駅舎は東京駅と同じ辰野金吾の設計で、動画映像にもその焼け残り建物が映っている。駅舎の裏には万世橋-東京-新橋間を結ぶ赤煉瓦の高架があり、その様子も映っている。 駅前広場には日露戦争の旅順港閉塞作戦で戦死し軍神とされた廣瀬中佐像があり、長らく市内の名所・ランドマークとなっていた。また駅前街路は主要な交通の結節点であったが市電軌道が錯綜し、結節点であると同時に事故の多い交通の難所でもあった。よって帝都復興事業によって、街路の新設・整理が行われ、現在の靖国通り・中央通り・須田町交差点の形状に改められた。 |
当時 | 現在 |
撮影場所と撮影方向 | |
青色の点:撮影場所 緑色の範囲:撮影対象 紫色の扇型:撮影方向とおおよその範囲 |
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